その覚醒は運命に導かれたようにもみえる。マルコム・ウィルソンに幾度も見放された暴れん坊は、今季、選手権争いのキーマンへとたくましく成長した。
開幕戦モンテカルロからタナクは目が覚めるような速さをみせている。最終日、ミスファイアによって3気筒になったフィエスタでチュリニ峠の下りで3位を守り抜いたゴールシーンに鳥肌が立つような感動を覚えた人は多かっただろう。その走りはまさしく今シーズンの彼の飛躍を予感させるものだった。
激しい表彰台争いとなったアルゼンチンで今季3度目のポディウムに立ち、ポルトガルで一時ラリーをリードするというパフォーマンスをみせたタナクには、いつでも優勝争いできるという自信が彼にはすでに芽生えていたのだろう。サルディニアの最終日にはコクピットに侵入する激しいダストに視界を阻まれてオフ、後続のヤリ-マティ・ラトバラに迫られながらも焦ることなく冷静に初優勝をもぎとった。
3日間の戦いで何度も首位が入れ替わった今年のポーランド、タナクは雨上がりの最終日の朝、オープニングSSで素晴らしいタイムを奪って4回目の首位に返り咲いた。まるで一年前にここで失った勝利を奪い返すべく、取り憑かれたかのようにさらにアクセルを踏み込む。だが、木立のなかの水たまりでスライドして彼はクラッシュ、まさしく一年前の再現となってしまった。しかし、あのとき雨のなかでのパンクで優勝を失ったときのような涙は彼にはなかった。
タナクはたしかに変わった。それはチームメイトになったワールドチャンピオンのセバスチャン・オジエの存在が決定的に影響しているようだ。「新しいクルマと強いチームメイトの存在が僕をハードにプッシュさせてくれる」
ドイツでは勇気のいるタイヤチョイスを2度にわたって成功させ、ターマックでも初優勝を飾ることになるが、長いこと誰もオジエに歯が立たなかったパンツァープラッテでチームメイトからわずか0.4秒差遅れのタイムを出したときに、彼は優勝への自信をもらったと語ったが、あるいはオジエがそう遠い存在ではなかったことを彼はここで確信したのかもしれない。
今季のリタイアはダーティだったコーナーでコースオフしたコルシカ、そしてクラッシュしたポーランドのわずか2回にすぎない。ベストタイムもリードしたステージの数もチームメイトを上回りながらも、その速さにはもはや危うさはないところに、タナクのたしかな強さを見ることができる。
Mスポーツのマニュファクチャラータイトルはオジエだけでは無理だったろう。プライベートチームにとって千載一遇のチャンスだったこの年にタナクが花開いたのは運命とも言えるものだった。浮き沈みの激しいキャリアを信じて耐えて見守ってきたマルコム・ウィルソンは、「この勝利は、このあと彼らが獲得することになる多くの勝利の最初のものにすぎないことを確信している」とサルディニアのポディウムで語っている。
タナクは来季、Mスポーツを離れてトヨタGAZOOレーシングに移籍する。いったん目覚めたスピードがゆるむことはない。新天地でも旋風を巻き起こしそうだ。
生年月日:1987年10月15日(30歳)
選手権ランキング:3位
獲得ポイント:191点
ベストリザルト:1位
優勝回数:2回
2位の回数:2回
3位の回数:3回
表彰台回数:7回
出場回数:13回
ベストタイム回数:30回
リードしたステージの数:40SS
リタイア数:1回
ラリー2の回数:1回
パワーステージ勝利数:2回
パワーステージ獲得ポイント:22点