WRC2022/01/31

システロンで王者がみせたハイレベルな戦術

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 8度のワールドチャンピオンと9度のワールドチャンピオンの対決に沸いたラリー・モンテカルロは、最終日にセバスチャン・オジエがパンクしたことでセバスチャン・ローブが劇的な勝利を飾ることになった。

 二人のセブのモンテカルロでの優勝争いが実現したことは過去実はほとんどない。ローブが7度目となる最後のモンテ優勝を飾った2013年、オジエはフォルクスワーゲンでのデビュー戦で歯が立たずに2位に終わっている。オジエはその翌年、WRCのモンテを初めて制することになったが、そのときすでにローブはWRCから引退しており、2015年にシトロエンでローブがスポット参戦した時には二人のトップ争いは初日のエンディングまで続かず、ヒュンダイから帰ってきた2018年以降も、因縁の二人が優勝を巡って対決するというシーンは見られなかった。

 だからこそ、ハイブリッド時代の最初のラリーである今年のモンテカルロでの二人の対決はまさしく歴史的な勝負だった。最終ステージでも現役チャンピオンの誇りを賭けて勝利を諦めなかったオジエの気迫の走りもまた長くモンテの歴史として語られることになるだろうが、10年前に一度現役を引退した47歳のローブが昨年8度のワールドチャンピオンに輝いた永遠のライバルに匹敵する速さをみせて、最初の優勝から20年目にして史上最多の80勝を達成したことは、50年目のシーズンを迎えたWRCのまさしく歴史的な事件ともいうべきものだった。

 とくに深い経験が必要となるモンテカルロだからこそ、そのスピードのいくつものドラマに沸いた4日間、2人のワールドチャンピオンは彼らでなければできない高度なレベルでの戦いを繰り広げたが、なかでも土曜日、雪と氷が多くの波乱を呼んだ伝説的なシステロン・ステージで誰もが予測もできない戦術を見せることになった。

 モンテカルロの舞台は今年はほとんど雪が降らなかったが、唯一の例外が、サン・ジェニエ〜トアールのステージだ。いつもならシステロンとして呼ばれているステージは前半を短縮したショートバージョンとなったが、冬季にはこのモンテのためだけに開放されている雪深いフォンベル峠は、今年もラリールートのなかで唯一雪と氷に覆われた試練のセクションとなった。

 ただし、20.79kmの全長をもつシステロン・ステージで完全に凍結したセクションはわずか1km、氷のあるセクションが3km、さらにところどころ雪の残るセクションが2.5kmほどあったに過ぎない。

 前半の4kmはほぼドライ、雪と氷のフォンベル峠を過ぎたあと、終盤の9kmはほぼドライの路面が待ち受けている。

 システロン・ステージではどのタイヤを選ぶことが正解だったのだろうか? このステージの1回目の走行では、オジエとローブはともにスタッド2本をクロスに使用、さらにスーパーソフト1本とソフト1本を組み合わせたオジエが、スーパーソフト2本を組み合わせたローブを5.4秒引き離すベストタイムを奪い、ラリーリーダーをライバルから奪っている。

 そしてシステロンの2回目の走行にむけて、オジエはステージのスタートする直前でローブがトランクに忍ばせたスタッドタイヤを装着しないで4本ともドライタイヤを装着していることに気づき、自身もスノータイヤを外してライバルの戦略をコピーしてソフト4本でステージに向かっている。

 オジエとローブは実は、午後のループにむけたタイヤフィッティングゾーンで、お互いのシステロンに向けたタイヤチョイスについて話し合ったが、「その時点では特に計画はなかった」とローブはのちに明かしている。

 だが、オジエはこれまでの経験からローブがなにか仕掛けてくることをステージの間に直感したと語っている。

「この数年、彼のことをよく知るようになったので、何かやってくるだろうと思っていたんだ」と、この日の終わりにオジエは語った。

 オジエがよく知っていると語ったのは、2018年のスペインのことだろう。ローブはこのイベントで、前日の雨の影響が残る、冷えて湿ったターマックとなった最終日を3位で迎えたが、誰もが朝のループにむけてソフトタイヤを選ぶなか、ただ一人だけハードタイヤをチョイス、ヤリ-マティ・ラトバラとともにオジエを鮮やかに抜き去って6年ぶりの勝利を飾っている。

 オジエはこのとき、「選手権を争ってないドライバーの真似をしてギャンブルをするリスクを負うことはできない」と語っていたが、そのことが今年、脳裏をよぎったのかもしれない。

「ロードセクションで彼を少し待っていたら、スタート直前に、彼がスリックのまま行くつもりなのが見えたんだ。ベストな選択ではないと思ったけれど、それでも僕は真っ向勝負をしたかったし、差をつけるようなタイヤ選択はしたくなかった」

 オジエは、ドライタイヤを前のステージから維持するというローブの決定を戦術的に模倣した。それはこの戦略が正しいと思ったのではなく、ドライビングでの勝負に帰着したいと考えたのだ。

「彼がそれで行くなら、僕も同じにしようと思った。そうすれば、より強いほうが勝って生き残る」

 一方のローブは、システロンにむけて最初からオジエを陽動するような考えはなく、グラベルクルーのアドバイスで土壇場で戦略を変えたと説明した。

「ドライ4本で行くことは計画外だったけど、グラベルクルーと話したら、『いや、バカな選択じゃない。そうすべきだ』と言われて、やってみることにしたんだ」

「でも、最後の瞬間にセブ(オジエ)がそれを見てしまった。僕はバカだったよ。彼の隣にマシンをとめてしまったんだ。ロードセクションで彼がどこにいるのかわからなくて、止まるのが遅すぎた! 彼はそれを見て、スリックに履き替えたんだ」

 もしも、オジエがあのままウィンタータイヤ2本を装着して走っていたら未来はどうなっただろうか? 

 ローブが自身のギャンブルを無効にするチャンスをオジエに与えてしまったことを『バカだった』と形容したことがオジエに伝わると、オジエは、自分はあえて遅いタイヤに交換したのだと指摘した。

「僕らのタイヤチョイスは間違っていた。僕がこの瞬間に大切にしたかったのは、僕たちが同じコンディションで戦うこと、そして戦略上のサプライズを起こさないようにすることだけだった」

 どちらが賢明な選択だったのだろうか? 結局のところ、それはわからないままだ。ここでのベストタイムを奪ったのは、ソフト2本とスノー2本を組み合わせたカッレ・ロヴァンペラだった。

「このステージではスノータイヤを履いたカッレ(ロヴァンペラ)の方が速かった。僕はここは本当に良いステージだったと思うし、特にスノーセクションで彼(ローブ)から多くのタイムを奪うことができた。でも、ドライタイヤでこの雪上を走らなければならないのは、常に難しいことだった。しかし、少なくともターマックセクションでは楽しめた」とオジエはふり返っている。

 オジエはこのステージを2番手タイムでフィニッシュし、ロヴァンペラから5秒遅れだったが、重要なのはローブよりも16.1秒速かったことだった。オジエはローブに合計21.1秒の差をつけ、日曜日を迎えることになった。

「氷の上のダウンヒルで、スリックタイヤで少し慎重になりすぎた」とローブは悔やんだ。彼は氷のセクションでライバルに16秒を失った。終盤のドライではほとんどタイムは変わりないものだった。

「セブ(オジエ)のほうが速かったね。とてもトリッキーで、林の中にオフしたくなかった! 非常にスローで、ちょっと甘く見過ぎたかな」

 オジエは、自分がライバルにこれだけの差をつけたことを知ったときは驚きだったと語りながらも、最後まで何が起きるかわからないと過酷な運命を予感していたかのように語っていた。

「この週末これまでずっと接戦だったからね」とオジエは語った。「モンテでは極端なコンディションのステージになると大きなタイム差になることがいくらでも起こりうる。21秒は面白いギャップだ。だが、まだわからない。最後まで気を抜けないだろう」