WRC2025/10/25

ソルベルグ、自身の強さと成長について語る

(c)RedBull Content Pool

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 成功は、長年の努力と、時に地道な学び無くしては訪れない。だが、そうした努力こそが、キャリア全体を支える強みへと変わっていく。

 オリヴァーは、2003年の世界ラリー選手権王者であるペター・ソルベルグの息子として、幼い頃から最高の師から学ぶ機会に恵まれた。こうした教えが確かな土台となり、彼の強みへと成長していった。そして2025年、彼はデルフィ・ラリー・エストニアのトップカテゴリでの優勝とWRC2タイトル獲得という輝かしい成果を収めた。

 ベックス・ウィリアムズが司会を務める『WRCバックストーリーズ・ポッドキャスト』の最新話で、オリヴァーは、時に型破りな環境の中で学んできたことについてその舞台裏を初めて語った。

「今の僕が知っていることはすべて父のおかげだ。僕はマシンにすぐに適応できる。エストニアがその良い例だが、これは、幼い頃に父から学んだおかげだ」

 オリヴァーが初めてステアリングを握ったのは、わずか8歳の時だった。それから間もなく、運転免許を取得できる年齢になる前から、ラトビアでラリーに参戦するようになった。そのため、ラリー中のロードセクションの運転は当時のコドライバーであるベロニカ・グルベック・エンガンが代行しなければならなかった。またペースノートを作成する際には、オリヴァーはレッキカーの後部座席へと移動させられた。彼にとって一生涯役立つ貴重な学びの数々が、彼の”ラリー脳”に刻み込まれたのは、まさしくこの場所だ。

「ラリーを始めた頃はまだ幼すぎたので、ペースノートを自分で書けなかった。だから父が僕のペースノートを作ってくれていた。このことを知っている人はあまりいないが、けっこう面白い話だと思う」とオリヴァーは語った。

「レッキ走行は一般道で行われるため、僕はまだロードセクションを運転できなかった。だから父がドライビングシートに座り、コドライバーを助手席に乗せ、僕は後部座席に座っていた。父はすべてのペースノートを作成してくれたが、『自分がこうあるべきだと思う方法で作る』と言っていた。最初の6ヶ月間は、僕は何も理解できなかった」

「あるペースノートには『ギャップ』と書かれていた。そこには一見すると右に曲がっていくように見えて実際には左に曲がるようなクレストがあった。つまり『ギャップ』とは、森林が途切れて開けたような場所で、コースの先を見失うような場所を指していた。最初の6ヶ月ほどはそれが何なのか全く分からなくて、『お父さん、これって実際どういう意味なの?』って聞いたりしていた。そうやって学んでいった」

 現在、オリヴァーのペースノートは以前ほど詳細ではないものの、基本は変わっていないという。24歳の彼は、この『地道な方法』でペースノートの作成を学んだ経験に心から感謝している。おかげで、コースを覚えるためにオンボード映像に過度に頼る必要がない。

「父がペースノートの重要性を教えてくれたことは確かだ。最近は道を覚えるのに映像に頼りすぎて、ペースノートを疎かにする人も多い」

「父の教え方は地道だったが、新しいラリーや新しいコースに来た時、映像がない場合でも、すでに知っているラリーと同じようにペースノートが機能する必要がある。正直、それが僕の強みの一つだと思う」

「今年エストニアに行った時、多くのステージは全く新しいコースだったが、知っているステージと知らないステージで同じ速度で走ることができた。今年の多くのラリー、特に初めて参加するラリーでも、同じような状況だった。少なくともRally2ではそれが強みとなったと感じている」

「父が地道な方法で良いペースノートを継続的に作成する必要があることを教えてくれたことに、本当に感謝している。そのおかげでペースノートを理解でき、全く新しいコースでも同じスピードで走ることができる」

「僕はこれまでもコースを覚えるために映像に頼るタイプではなかったし、正直言って今もそうだ。バランスが重要だと思うし、他の人がやっているからといって自分もやらなくてはいけないとは思わない」

「それぞれやり方が違うし、もちろんみんな映像を見るが、どれくらい見るかはそれぞれ大きく異なる。中には映像だけに頼っている人もいると思う。僕ももちろん映像は見るが、どれくらい記憶に留めるべきか、バランスを取るようにしている。今は良いバランスを見つけられたと感じている」