WRC2022/09/24

カイエタノヴィッチ、ギリシャ不参戦は困難な決定

(c)ORLEN Rally Team

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 カイエタン・カイエタノヴィッチは、WRC2のタイトル争いでアンドレアス・ミケルセンとの直接対決を避けてきたという非難のなかで、来週のラリー・ニュージーランドに挑む。彼は過去3度の優勝経験をもつアクロポリス・ラリーを欠場するのがいかに困難な戦術的な決定だったかと語るとともに、ラリー・ニュージーランドがけっして勝利が約束されたものではなく、大きなチャレンジだと語っている。

 ERCで3年連続でチャンピオンに輝いたあと2018年にWRC3に移って以来、カイエタノヴィッチはこれまで以上に選手権で注目を集めており、ミケルセンの手から本当にタイトルを奪取できるのか、ファンは興味深く彼のパフォーマンスを見守っている。

 WRC2は残り3戦となった現在で、ミケルセンが109ポイントを獲得して選手権をリード、20ポイント差でエミル・リンドホルム、29ポイント差でヨアン・ロッセルが続き、カイエタノヴィッチは33ポイント差の4位にとどまっている。

 WRC2は今季、13ラウンドすべてでポイントが獲得可能であり、最終的なポイントは、ノミネートした7戦のうち6戦のベストスコアがカウントされる。しかし、ミケルセンはすでに7戦の参戦を終えたのに対して、カイエタノヴィッチはまだ3戦の猶予を残しているため、タイトル争いでミケルセンを脅かす存在になると考えられている。

 しかし、カイエタノヴィッチとミケルセンがシーズン中に直接対決したのはポルトガルとエストニアのわずか2度のみで終わることになるため、ミケルセンは選手権のルールに異論を唱えてきた。

 カイエタノヴィッチはそれについて議論するつもりはなく、チャンピオンを獲得するために可能な限り多くのポイントを獲得するためのチャンスを最大化しようと努めていると語った。

「アンドレアスは素晴らしいドライバーで、それは証明する必要もなく明らかだが、僕たちのようなプライベーターがファクトリーチームの彼と戦うことは、そもそも少し不利だった。そのため僕らはシーズンの戦い方を考えなければならなかった」とカイエタノヴィッチは語った。

「アンドレアスは、シーズン前、僕のことを真剣に見ていなかったと思う。彼は間違いなく速いので、彼のタイトル争いの相手となることは特別なことだ」

「しかし、僕の戦略とルールについて考えてみるとすれば、昨年のラリー・カタルーニャでエミル・リンドホルムがコドライバーとして出場したが、本当のドライバーは彼だったという状況を覚えているだろうか?」

「これらのルールはシーズン前から予想できたことで、彼のコドライバーにドライバーポイントを奪われ、1位ではなく2位でフィニッシュしたが、僕はこのルールを受け入れているので、抗議はしなかった」

 ちなみにリンドホルムはコドライバーとして出場したが、すべてのステージでステアリングを握り、正式な優勝はコドライバーを務めたリータ・ハマライネンのものとなったが、カイエタノヴィッチはすでに規則で認められた7戦を超えたドライバーに優勝を阻まれ、2位に終わっているが、それがなければヨアン・ロッセルを抜いて2021年のWRC3チャンピオンになっていたはずだ。今季はそうした参戦は規則で認められていない。

 カイエタノヴィッチは、自身の非難の声が向けられていることを残念に思っているが、自分自身の仕事に集中するつもりだ。

「僕はステージ内のことだけでなく、戦略も考えてここまできた。僕はチームの代表であり、これは僕にとってもうひとつの仕事だ。ライバルのことは尊敬しているが、彼らの問題まで考えている暇はない」

「言い方は悪いが、僕の言いたいことはわかるだろう。自分の仕事をしているだけだ」

 カイエタノヴィッチのメッセージは単純だ。そして、彼の戦略的計画は完全に公明正大であり、WRC2のタイトルを獲得するために選んだ道筋を謝罪するつもりは一切ないだろう。

 問題は、それが可能かどうかだ。ミケルセンを避けたことで強力なライバルの一人はいなくなったが、ミケルセンとの33ポイントの差を縮めるためにはイベントで強力な結果を残さなければならない。

 その任務は来週のニュージーランドで始まるが、ヘイデン・パッドンがいるために勝利は非常に厳しく、地元の強力なエントラントも多数存在する。

「これまでニュージーランドには行ったことがないし、競争は厳しく、ヘイデン・パッドンは非常に速いと思う。非常にね」とカイエタノヴィッチは語った。

「おまけにニュージーランドに参加するために、僕はアクロポリス・ラリーへの参加を諦めなければならなかった。このラリーでは、ヨーロッパ選手権で2勝、昨年(WRC3)も1勝しており、合計3回優勝しているにもかかわらずね」

「だが、僕は自分が知っているラリーはやめて、ヨーロッパ以外のイベントを選んだ。この決断は困難だった。スポーツ的に大きなチャレンジになることは間違いないが、しかし、それはタイトルのために良い戦略だったと信じたんだ。それが僕の考えだ」