WRC2020/09/21

波乱トルコでエヴァンスが優勝、選手権リーダーへ

(c)Toyota

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 2020年世界ラリー選手権(WRC)第5戦マルマリス・ラリー・トルコは、前日までトップ3を占めていたドライバーがそろってパンクに見舞われるという衝撃的な最終日となり、トヨタGAZOOレーシングWRTのエルフィン・エヴァンス(トヨタ・ヤリスWRC)が今季2勝目を飾り、選手権リーダーへ躍り出すことになった。

 2日半のショートフォーマットで開催された今季のラリー・トルコは、トルコ屈指の凶悪なステージとして有名なラリー最長ステージのチェティベッリ(38.15km)を最終日のルートに設定、ステージエンドに近いアスパラン(6.28km)との2ステージをサービスを挟んで2回ループするという、過酷な1日だ。ほとんどのドライバーが朝のサービスでは、「まだまだ何が起きるかわからない」と不安を口にしており、このなかにはトップで日曜日を迎えたティエリー・ヌーヴィル(ヒュンダイi20クーペWRC)も含まれていた。もっとも彼は後続に33.2秒という大量リードを築いており、「グッドリードが僕の味方になってくれるはずだ」と、勝利へのシナリオには疑いを抱いてないようにも見えた。

 だが、チェティベッリは容赦なく牙をむいてトップドライバーたちに襲い掛かる。スタートのインターバルがふたたび4分間になったとはいえ、林のなかのセクションでは巻き上げられたダストがいつまでも消えることなくコースに漂い、黄色の瀑布のカーテンとなって視界を妨げている。コースにはかき出された信じられないほどの石が転がっており、気付いたときには子犬のような大きさえある石が目の前に突然現れるようなコーナーもあったほどだ。
 
 この凶悪なコンディションのなか、首位のヌーヴィルだけでなく、同タイムで2位を争うセバスチャン・オジエ(トヨタ・ヤリスWRC)とセバスチャン・ローブ(ヒュンダイi20クーペWRC)というトップ3を含む5台のWRカーがまさかのパンク! さらにWRカー2戦目のピエール-ルイ・ルーベ(ヒュンダイi20クーペWRC)がコースオフ、テーム・スニネン(フォード・フィエスタWRC)もサスペンション破損でリタイアすることになった!

 トップ3がコースインする頃にはすでにエサペッカ・ラッピ(フォード・フィエスタWRC)やカッレ・ロヴァンペラ(トヨタ・ヤリスWRC)までもがタイヤ交換を強いられているという情報は伝わっていただろう。前日のタイヤトラブルで首位から1分、表彰台圏内も30秒近く離れているだけにエヴァンスにとって無理をして攻める必要はまったくないが、同タイムで2位を争うオジエとローブにとって状況はまったく異なる。このほんの少しの違いが両者に決定的な差をもたらすことになる。

 ノートラブルで難を逃れたエヴァンスは、「(後続のトラブルのことは)よく分からない。非常に難しくて、ただ自分たちの最善を尽くしただけだ」と面食らったような表情を浮かべる。

 オジエは18.3km地点でパンク、1分30秒という驚異的な速さでタイヤ交換を完了してコースに戻るも、エヴァンスより1分14秒遅れのタイムに、彼はステージエンドで、力なく「最悪だ・・・この週末は僕たちのものではないみたいだ」とつぶやくことになる。いっぽう、パンクしたまま走りきることを選んだローブも、右フロントタイヤを完全にブローさせてオジエからさらに5.5秒遅れのタイムでゴールに辿り着く。「どこでなったか分からない。道路の真ん中で慎重にドライブしていたのに・・・」と歴戦の王者が汗まみれの顔を歪ませる。

 そしてローブの後方、WRカー最後尾で、中間スプリットタイムでも明らかにペースを落として余裕のある走りをキープしていたかに見えたヌーヴィルまでもがタイヤ交換を強いられる。「最善を尽くしたが、ダンパーが壊れていると思ったので、そのまま走り続けたが、タイヤがパンクしていることに気付いたので、交換しなければならなかった」と、ヌーヴィルは英語で状況を説明したあと、走り去る直前に爆発したようにフランス語で罵声を浴びせる。ゆっくりとしたペースだっただけに彼のロスは1分48秒と大きく、順位も大きく下げることになってしまった。

 試練となったSS9チェティベッリを終えて、エヴァンスが新しいリーダーへと浮上、2位のオジエとは46.9秒も大差がついている。首位から47.7秒差の3位にヌーヴィル、52.7秒差の4位にはローブが続き、最終日は目を疑うようなスタート時点とはまったく異なるリーダーボードで幕を開けることになる。

 エヴァンスは続くSS10マルマリスではヘアピンでエンジンをストールさせエンジンをリスタートすることになったが、わずか5.5秒を失っただけで42.2秒をリードしてマルマリスのサービスへと戻ってきた。

 だが彼の後方では新しいバトルが始まっている、2位のオジエから4位のローブまではわずか5.5秒にひしめいた状態でSS10を迎えており、ヌーヴィルがライバルたちに1kmあたり0.72秒もの大差をつけるベストタイムで2位へとポジションアップ、4秒差でオジエ、さらに5.2秒差のローブが続くというオーダーで最初のループを終えることになる。「僕らは気をつけていたが、それは起こってしまった。いまはもっとプッシュを試みて何ができるか様子を見ていくしかない」と、ヌーヴィルはまだまだ勝利へのモチベーションを失っていない。

 そして迎えた2回目のチェティベッリ・ステージとなるSS11を前にヒュンダイが戦略を発動する。

 前日のリタイアのあとパワーステージのボーナスポイントのみを最終日のターゲットにしてきたオイット・タナク(ヒュンダイi20クーペWRC)は朝からインターコムトラブルに悩まされていたが、突如、ロードセクションでマシンをストップ。先頭スタートだった彼の横を後続のマシンが次つぎと通り去り、オジエが通過したときにタナクは動きだす。オジエに続いてSS11の走行を開始したものの、タナクはエンジンを掛けたままマシンをふたたび路肩にストップさせて後続のローブを先に行かせる。これでローブはオジエのあと8分間のインターバルをもつことになり、ダストが収まったクリーンな視界のなかで5.2秒あるオジエとの差を削りとることを狙う。

 ところが、ヒュンダイの巧妙な戦略にもかかわらず、ステージの走行を開始したオジエに異変が襲う。前日のようにパドルシフトが効かないようなトラブルのあとエンジンがパワーダウン、彼はコドライバーのジュリアン・イングラッシアに「アラームを見て、エンジンのアラームを!」と叫び、スピードを落としてパワーの回復を待つようにも見えたが、突如、エンジンルームから白煙と炎が上がり、彼は16.7km地点でマシンを止めることになった。

 ローブは、オジエのリタイアによって難なく3位に浮上、「僕にとっては良いステージだったよ。タイムについては全く分からなかったが、プッシュできる時はプッシュしたし、パンクなしにフィニッシュすることができた。このステージについては満足だ」

 ヌーヴィルは、タイヤのパンクを疑ってペースを抑えたエヴァンスより5.3秒速く、ここでベストタイムを獲得するも、リーダーとのタイム差は36.9秒と絶望的だ。彼はすでに気持ちをパワーステージのボーナスポイントに切り替えたと語り、最後まで1ポイントの選手権ポイントも無駄にするつもりはない。「少しスピードを落とし、中盤ではタイヤをかなりケアした。当然パワーステージも獲りにいく」

 朝のループで史上例を見ないドラマを呼んだステージだけに、トップのエヴァンスもかなりナーバスになっていたことは間違いない。彼は「ステージ序盤でリヤタイヤのパンクを心配したが、(コドライバーの)スコット(・マーティン)が大丈夫だと思うよと言ってくれたことで、安心できた」と安堵したような表情を浮かべることになった。

 そして迎えた最終ステージ、エヴァンスは勝利のためだけでなく、選手権のためにアクセルを踏み込み、3番手タイムでボーナスを加算してラリーをフィニッシュする。「大変な週末だったが、僕たちは必死に良いドライブをして道にとどまろうした。運に左右されることがあることは分かっているが、そういう形で他の人から順位を受け継ぐのは決して好きではない。だが、この週末はこういうことがあると分かっていた。大喜びの勝利とはいかないが、それでも非常にうれしい。ゲームとはそういうものだ」とエヴァンスは喜びを語った。

 ヌーヴィルは宣言どおりに素晴らしい走りをみせて、パワーステージのボーナスポイント5ポイントと総合2位を獲得した。「僕たちはさらに上の結果が相応しいと思うけど、表彰台に戻れたことは素晴らしい。僕らはもっと上を狙っていたが、今朝は不運だった。仕方がないよ」

 3位にはローブ、「僕にはポイントは必要ないから、ここではプッシュしなかった。非常に大変な一日だったが、表彰台を獲得できたのでハッピーだよ」と、彼は最後のWRCになるとも噂されるトルコの表彰台を喜んだ。

 2度のパンクで19歳最後のWRCでのポディウムを失ったがロヴァンペラが4位でフィニッシュ、オジエが消えたあとトヨタの選手権にとって重要な意味をもつ4位でのゴールを迎え、「当然、チームのチャンピオンシップのポイントのために、マシンをフィニッシュさせる必要があった。こんなに遅くヤリスを運転したのは初めてだと思う」と彼は語っている。

 衝撃的な幕切れとなったトルコを終えて、ドライバーズ選手権では、ラリー・スウェーデンに続き今季2勝を獲得した最初のドライバーとなったエヴァンスがトップに浮上、ノーポイントに終わったオジエが18ポイント差の2位に陥落、走行順のハンデを押しのけてパワーステージで2番手タイムを奪ったタナクとともにロヴァンペラが27ポイント差の3位、ヌーヴィルも32ポイント差の5位で続いている。

 また、マニュファクチャラー選手権では、オジエのリタイアにもかかわらず、苦手だったラリー・トルコを制したトヨタがヒュンダイとの差を5ポイント差から9ポイント差へと拡大することに成功、シーズンは残すところあと2戦だけにタイトル奪回にむけて一歩近づくことになった。

 次戦ラリー・イタリア・サルディニアは10月8-11日に開催予定だ。