やっぱりラリーが好きなのだっ!〜編集代表のラリーな日々ブログ〜

2017年7月アーカイブ

森と湖のグランプリ。

いまでこそラリー・フィンランドなんて味気ない名前で呼ばれていますが、1951年に誕生したときにはユヴァスキュラン・スーラヨット(ユバスキュラの大競争)と名乗っていましたし、ヨーロッパ選手権の一戦として開催された1959年からは1000 Lakes Rally(1000湖ラリー)というネーミングで呼ばれてきました。森と湖のグランプリというわけです。
suurajot.JPG 
僕が初めてフィンランドを観戦したのは93年のこと。インプレッサのデビュー戦でした。オウニンポウヤだけでなく、ルーヒマキ、ハメーンリーナ、バルケアコスキとか、北欧の神々の名前を想起させる名前をもつ伝説のステージがたくさんあった時代ですが、本当にステージに行くまでが遠かった! サービスパークがなく、ステージエンドで各チームがばらばらにサービスを行っていた時代です。丸一日ずっとフルスピードでラリーを追い掛け続けるという、取材もまさしく死にものぐるいでした。

さらにこの白夜の国ではいつまでたっても暗くならないので、一日がすさまじく長い! 今回も金曜日には15時間に12ステージが予定されてますが、以前には昼前スタートで翌朝ゴールなんていう考えられないアイテナリーが組まれていたこともあったようです。それもフィンランドらしい話じゃないですか。
 
サービスパークを中心にしていまのWRCのスタイルでは同じステージを2回ループするなんてことも当たり前ですが、かつてはそのようなアイテナリーは稀でした。サスペンションが壊れたくらいなんてへいちゃらで、ステージエンドのロードサービスで修理を受け、ただただ遠いところにあるステージを目指していくつもの森を駆け抜け、3日間で40から50ものステージを走るなんてこともザラでした。

サインツが初めて北欧系以外のドライバーとして歴史的な勝利を飾った90年でさえほとんどループしないアイテナリーで、たった一回のみの走行のステージが40あまりもあったのですから、やはり慣れている地元系のスペシャリストたちが圧倒的に有利な時代だったのですよ。

いまは毎年ほとんど同じステージで開催されるようになったのですから、ローブやオジエ、あるいはミークが優勝を飾るようになるのも当然のことかもしれません。それだけ時代とともにフィンランドの色が薄れたことはたしかなのでしょう。

あのころはよかったと言うつもりはありません。今年、高速ステージにいくつもシケインや枝道がつくられたり、馬鹿らしい規制が行われたとはいえ、相変わらず、あのような豪快なジャンプが連続して見られるのはここだけですし、これからもフィンランドがラリーの聖地であってほしいものです。
170722_Echocam450.jpg
そういえば、今回のフィンランドではトヨタが行う新しいWRC観戦体験サービス「EchoCam」が始まる前から注目されているようです。 EchoCamブースが設けられたステージでヤリスをスマホで撮影して応募すると、走行中のヤリスが撮影した自分の動画がプレゼントされるのだとか。 

なんだかこんな新しいサービスが生まれてきたら、ますます観戦も楽しくなるんだろうなあ。ラリーもだいぶ変わったけど、悪いことばかりじゃないのかも。

24回目(!)のフィンランド観戦に行かれるという読者の方から連絡をいただきました。教えることより教えられることのほうが多い毎日であります。帰られたら、また感想聞かせてください。

2017トップ5の中間発表。

ラリーXではいつも年末に恒例のトップ10ドライバーを選んで紹介しています。成績や選手権の順ではなく、どれくらい光っていたのか、ワクワクさせてくれたのかを重視して、アタマをひねりながら毎年選んできたのですが、年末になって一年を思い出すのはキツイので、今年は各戦を終えたあとでこっそりポイントを付けてきたのです。

ポイントは選手権システムと同じく25,18,15・・・3,2,1と、かならずしも順位というわけでなく、「おっ!」と思わせたり、ドキドキさせてくれた順に与える仕組みなのですが、ふり返ってみると、どうしてこんなポイントを与えたのか、すでにあやふやになっているところが、またしてもいい加減なのでありますが。というわけで中間発表がこちら。
2017midseasonpoint.jpg
ほとんどのラリーでほぼ勝者に25ポイントを与えてきたことだけは確かなのですが、選手権のランキングと大きく異なり、ラリーX的にはすでにポーランドを終えてヌーヴィルがオジエを7ポイント差で逆転、それだけでなくタナクが2ポイント差でヌーヴィルを猛追しているじゃありませんか。

たしかに、ほぼほぼ勝者に25ポイントを与えてきたはずが、最終日のクラッシュでリタイアしたポーランドのタナクに25ポイントを与えちゃっているように、だいぶそのときの気分に左右はされているのではありますが、しかし、あのまま2位ではなくて、最強マシンのヒュンダイ相手にマジで勝つ気で突撃して行ったタナクには心底しびれたのです。

あのクラッシュに若さではなく、飛躍の可能性を見たのは私だけではなかったはず。もしトヨタに来年誰を乗せたいか聞かれたら、いまなら迷わずタナクと答えたいっ!

枝道だらけのフィンランド・グランプリ。

新しいWRカーが今年、フィンランドの森でどのような速さをみせてくれるのか興味は尽きませんが、個人的に毎年楽しみにしていたオウニンポウヤの速度記録にだって、もはや浮かれてはいられない時代のようなのです。
170711_meeke.JPG
昨年のフィンランドで歴史的初勝利を飾ったミークは、世界ラリー選手権の最速記録126.6km/hを達成するとともに、オウニンポウヤでも132.5km/hの新記録を樹立することになりました。380馬力の新世代WRカーになってこのステージとフィンランドの将来がどうなるのか注目されていましたが、6月30日に交付されたラリーガイド2からは、いろいろとがっかりする事実が見えてきました。

まずは今年のオウニンポウヤが30kmオーバーのフルコースではなく、2014年と同様にカカリスト・ゴールの24.38kmと短くなること(※お詫び:先の原稿で今年も逆走のように書きましたが順走に戻されます)。そしておそらくは4カ所の迂回路や枝道、あるいはシケインでステージが分断されることになります。

オウニンポウヤだけではありません。ヒルボネンが2010年に大クラッシュを喫したウーリアも2カ所の枝道が追加、ユッコヤルビは2カ所、ラウッカは3カ所、ランカマーは2カ所、さらにハイスピードの一日となるはずだった土曜日はオウニンポウヤをはじめ、オイッティラで2カ所、高速ステージの一つとして数えられていた有名なピーラヤコスキに至っては完全な新しいステージになるとのことで、どこがどう改造されたのかは現時点ではまったく不明です。

今年のスウェーデンで137.8km/hの平均速度が記録されて以降、FIAはステージの高速化にストップをかけるべく安全性の指標として平均速度130km/hという数字を示してきました。

FIAはラリーガイド1で示されたフィンランドのルートに激怒し、ルートの再設計を主催者に求めたと言います。「いくつか迫力あるジャンプがあれば、あとは遅い道で十分だ」というわけです。そして、主催者が出した解答は、遅い枝道を伝統のルートに組み込んで平均速度を落とすことでした。

もちろん高速コースから何度かちょこっと枝道に逸れたとしても、速度低下はその特定のセクションのみに限られ、ラリー全体での根本的な安全性が保たれるわけではないことは子どもだってわかる話ですが、フィンランドのアイデンティティと安全性の狭間という苦悩のなかで主催者が選んだ、いまのところ、これがぎりぎりの着地点なのでしょう。

あとはこれで走って安全かどうか判断するということなのでしょうけど、FIAは自ら380馬力のマシンを積極的に投入しておきながら、遅い道のフィンランドでラリーを開催させるって、なんだか矛盾した話のような気がしません?

1秒差の攻防を伝える。

ポーランドの最終日、WRCのライブ中継を解説するという大役を仰せつかりまして、J SPORTSに行って参りました(冷汗)。
J_sports_live.JPG
ヌーヴィルとタナクの歴史に残る秒差のバトルを、あるいは勝者と敗者の明暗の差を何をどうしゃべったのかさえもまったく記憶にないくらい、恥ずかしいくらいに緊張してしまったのですが、栗田さんとBC本郷編集長のまとめ上げる力に助けられた2時間だったように思います。

それにしても、びっくりしたことは栗田さんはプロンプターの助けを借りず、さらに台本のようなものもなく、ペラペラの進行表だけで番組の司会をテキパキとこなしていたことでした。

プロンプターとはアナウンサーがニュースを読むときに原稿を表示するモニターのことなのですが、記者がうまく規定の時間に収まるように事前に原稿を準備していて、それが表示されるのかと思ったのですが、そのようなことは一切ナシ!

ライブ中継は2時間。この3日間のそれぞれのドライバーの動きやラリーの流れをきっちりと把握してなければ、ライブ中継であのようなスルドイ言葉、そして反応スピードで解説陣とやり合うことはできないのです。

こちらは栗田さんから見せていただいた栗田メモのほんの1ページ。
kurita-memo.JPG
イベントやステージごとのそれぞれのドライバーの動きやラリーの流れ、ここ数年のレギュレーションの変化、さまざまエピソードがぎっちりと書き込まれています。

同業者でここまできっちりとイベントのメモを残している人にあまりお目にかかったこともなかったので、この勉強熱心なところがあのライブ中継の秘密なんだなあと変なことに感心しているうちに、初解説のお仕事は終わったのでありました。

WRCは、いつ、なにが起きるかわかりません。一瞬の出来事や1秒差の攻防、あるいは感動や悲劇のシーンを伝えるために、J SPORTSでは栗田さんをはじめとして、画面には映らないところで多くのスタッフの方々がウンウンと唸りながら2時間を楽しませるために知恵を絞っているのを知ることができたのは、いい経験でした。

J SPORTSのライブ中継はホント、WRCのことが好きな人たちの真剣勝負で出来上がっていたのでありました!
kurita.JPG

あ、番組で初公開したヤリスのTシャツどうですか? ウィナーズダービーの賞品のつもりでつくったのですが、栗田さんにもおほめいただいたし、ファンの方にも喜んでいただけるなら、近いうちになんとか市販できるようがんばってみたいと思います!

カテゴリ別ニュース

最近のブログ

アーカイブ