ヨーロッパでもあまり大きなニュースとして報道されませんでしたが、一つの重大な決定が先週末のワールドモータースポーツカウンシル(WMSC)で承認されました。「R4 キット」と呼ばれる、新しいラリーカーのテクニカルレギュレーションです。
世界選手権のイベントへのエントリーがあまりにも少ないことから、FIAとWRCプロモーターが現行R5とR3の中間に位置するクラスを梃子入れしてイベント全体をにぎやかにするために、共通エンジン+共通トランスミッション+共通サスペンションのキットカーの誕生を急ぎ、そしてマニュファクチャラーの反対も顧みずに承認したのです。
今回のR4キットの誕生に大きく影響したのは、昨年のラリー・アルゼンチンの成功でした。それまで20数台という寂しいエントリーしかなかったアルゼンチンは、昨年から国内の車両規定のマシンの出走を認め、その結果、エントリーは43台(そのうち17台は国内規定のマシン)にふくらみました。まさしくアルゼンチンの救世主になったアルゼンチン国内規定の「マキシカー」こそがFIAのR4キット誕生のベースとなったのです。
(こちらシボレーのマキシカーです)
アルゼンチンのマキシカーは、STIベースチームだったバラテックが供給するスバル・インプレッサWRX STIのトランスミッションやサスペンションが共通パーツとなり、エンジンはOSベルタがチューンする2.4リッターのホンダK24エンジンがコモンパーツとなります。これらを使用すれば、外観はプジョーであろうとフィアットであろうとなんでもかまわず、さまざまなプライベーターがこの共通パーツで改造したラリーカーで出場できることになり、アルゼンチンにまさしく革命をもたらすことになりました。
ちなみに今年のアルゼンチン選手権の開幕戦ラリー・コルドバには、22台のマキシカーが出場、シボレー・アジャイル、フォード・フィエスタ、プジョー208、VWゴル・トレンド、フィアット・パリオ、シトロエンDS3、アウディA1、ルノー・クリオという8種類のマシンが集結しております。
マキシカーは2011年に初めて正式にアルゼンチン選手権への出場が認められ、2012 年にはFIAコダスール南米ラリー選手権への参戦も可能となり、そして昨年とうとう世界選手権アルゼンチン・ラウンドへの参戦が認められました。FIAは新しいR4キットカーによって世界選手権においてワールドカップを併催する予定ですが、この南米での勢いを見ると、R4キットは残り少ないN4ラリーカーどころか、将来はR5マシンの市場すら脅かすのではないかと懸念する関係者は多いようです。
ラリーはそもそもプロダクションカーで争うことが原点だったはず。しかし、WRカーがS2000ベースのレーシングカーの競争となってしまい、昨年末をもってFIAプロダクションカーカップが世界選手権からひっそりと消え、共通パーツで作られた外観の違うマシンがステージの主役になっていったとき、ますますラリー人気は失われるのでは?
そんなことはない、マキシカーがアルゼンチンの救世主になったじゃないか、という言う人がいるかもしれません。しかし、90年代にはアルゼンチンは車のエントリー不足なんてなかったのです。1999年のアルゼンチンには75台ものエントリーがありました。そして、そのすべてがグループAとグループNのFIAホモロゲーションをもつプロダクションカーであったことを思い出してください。
そもそもはどこのディーラーでもふつうに売られているプロダクションカーの良さを問われるのがラリーでした。ホンモノのクルマづくりためにラリーはあったと思う。しかし、ラリーはWRカーとともにいつしか大きく道を逸れ、さらにR4キットカーとともにまったく想像もしない未来へと辿りつこうとしています。だってクルマのアイデンティティは外観とエンブレムだけで、中身は共通のワンメイクマシンなんですよ! そんなのプロダクションカーと言えるんでしょうか!
・・・ところで、はたして、このR4キットカーにトヨタは賛成票を投じたのでしょうか?
一年前、豊田章男社長は、「もっといいクルマづくり」のためにWRC参戦を行うと宣言されました。ラリーがますます市販車とかけ離れようとしていることを、まだ参戦する前のトヨタがどのように分析しているのかわかりません。しかし、トヨタが小さなパーツ一個から真にいいクルマづくりを行うためにラリーに出場するというのならば、将来、市販のクルマとラリーカーが精神的にも技術的にも寄り添っていけるようにラリーのルールを変えるようFIAに働きかけていってほしいものです。
ラリーはもう終わっている。R4キットは末期の喘ぎ声に他ならないと言う声もあります。しかし、トヨタならきっとWRCの未来だって変えることができると思う。